コインランドリーで失踪

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文体の舵をとれ第十章

アーシュラ・K・ル=グウィン『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』の第十章を読んだ。焦点と軌道経路。

もし自分で自己と自我を、自分の願いや意見を、心中のくだらないことを、邪魔にならないよう何もかも追い出した上で、物語の焦点を見つけ出し、物語の流れに従ってゆけたのなら、きっと物語がおのずから語り出す。

 本書で話してきたあらゆることは、物語に自らを語らせるための準備に関わり合うはずのものだ。技術を得ることも、技巧を知ることも。それがあれば、魔法の船がやってきたときにも、そこに乗り込んで舵がとれよう——その船の行きたいところへ、その船の行くべきところへ向けて。

最終章ということで、まとめの章。何か描写を詰め込むにしろ、もしくは跳躍を用いるにしろ、その中心には物語の核がなければならない。その核に沿って運行することができれば、その経路そのものが物語になる。最後の練習問題のタイトルには思わず笑ってしまった。そうですよね、と言うほかない。

 

 

練習問題⑩むごい仕打ちでもやらねばならぬ
 ここまでの練習問題に対する自分の答案のなかから、長めの語り(八○○字以上のもの)をひとつ選び、切り詰めて半分にしよう。
合うものが答案に見当たらない場合は、これまでに自分が書いた語りの文章で八○○~二○○○文字のものを見つくろい、このむごい仕打ちを加えよう。
 あちこちをちょっとずつ切り刻むとか、ある箇所だけを切り残すとかごっそり切り取るとか、そういうことではない(確かに部分的には残るけれども)。字数を数えてその半分にまとめた上で、具体的な描写を概略に置き換えたりせず、〈とにかく〉なんて語も使わずに、語りを明快なまま、印象的なところもあざやかなままに保て、ということだ。
 作品内にセリフがあるなら、長い発言や長い会話は同様に容赦なく半分に切り詰めよう。

 

第三回の課題の文章を半分に切り詰める。

 

目標650字

……ミスタードーナツに行列ができていた。レジが壊れてしまったのだという。「三十分ですって!?」と老婦人の金切り声。店員が「最善をつくしているのですが……」と深々と頭を下げたものの、一瞬で蔓延した「こりゃあかんわ」という空気は晴れない。客の行動は早く、我先にとトレーを返却してはそそくさと退店していった。あとには、子連れ客くらいしか残らない。子どもらは普段と何かが異なるということだけが察せられるようで、心なしかわくわくしているようにも見える。先に席取りを行う。腰掛けると隣で子連れ客が困り果て顔を見合わせている。
「じゃあ、埼京線に乗ってミスド食べに行くのと、メトロに乗ってパン食べに行くのと、どっちがいい?」
 よく分からない二択をつきつけられた息子は「なぜ移動せにゃならんのですか?」とでも言いたげだ。不服そうな面持ちで、頑なに席から動こうとしない。おそらく鉄道好きの子どもだろう、大して好きでない電車でミスドを食べに行くか、好きな電車でパンを食べに行くか(おそらく後者が両親の望む回答だ)、つまり好きな電車に乗っていいからここから離れませんかという交渉である。子どもを納得させるのは大変である。結局、レジの復旧には三十分もかからなかった。隣席でも息子らが無事ドーナツにありついている。わたしは待たされた分を取り返すようにフレンチクルーラーとダブルチョコレートとシュガーレイズド(三つも!)を注文した。(601字)

 

(切り詰め前・第三回の課題回答文)

……店に着くと行列ができていて、わたしは前に並んでいる客に何が起こったか尋ねるはめになったのだが、その客が言うにはレジが壊れてしまったのだというから大変だ、これはドーナツ――言い忘れていたが、店というのはわたしが敬愛してやまないミスタードーナツのことだ――にありつけるのはだいぶん先のことになるだろうと時計を確認しようとしたところ、「三十分ですって!?」と老婦人の金切り声が聞こえたので反射的に顔を上げる……店員が二、三名――うち一人は制服が少し豪華だから偉い奴に違いない――が客に囲まれておろおろしているのが見える、先ほどの老婦人の隣にいた男性が今度は「それまでは会計できないってことですか?」と立て続けに質問を浴びせたのに応え、その(おそらく偉い)店員が「大変申し訳ございません。現在最善をつくしているのですがなかなか復旧のめどが立たず……」と沈痛な面持ちで深々と頭を下げたものの、店内に一瞬で蔓延した「こりゃあかんわ」という空気が晴れる気配はない――それからの客の行動は早く、我先にとカウンターへトレーやトングを返却しては「三十分もかかるんでしたらちょっと……」と言いながら次々そそくさと退店していった――あとには、わたしと、どうしてもドーナツでないとダメなのであろう子連れ客くらいしか残されておらず、子どもたちの方は何が起こっているのかいまいちよくわかっていない様子、普段と何か様子が異なるということだけが察せられるようで、心なしか目がらんらんと輝いているようにも見えないこともない――レジが直るまではどうせ待ち時間で、ドーナツの陳列されたカウンターの前に並ぼうが並ぶまいが大して変わりはないだろうという判断から、わたしは先に店内の席取りを行うこととし、ちょうど良い席に腰掛けるとその隣の席で子連れ客の両親が困ったように顔を見合わせている――「じゃあね、埼京線に乗ってミスド食べに行くのと、メトロに乗ってパン食べに行くのと、どっちかいい?」よく分からない二択を彼の息子に提示しているが、よく分からない二択であることに変わりはないので当の息子は「なぜ既にミスドにいるのに移動せにゃならんのですか?」とでも言いたげな不服そうな面持ちで、どちらとも応えず頑として座席から動こうとしない……おそらく、息子は鉄道好きの子どもに違いない、それで大して好きでない埼京線に乗ってミスドを食べに行くか、それとも彼の好きなメトロに乗ってパンを食べに行くか(おそらくこちらが両親の選択してほしい回答だろう)、つまりミスドを妥協する代わりに好きな電車に乗っていいからここから離れませんかという交渉だったのだろう(息子からすれば、そもそもなぜその二択を選択しなければならないのかに納得できないのだ)、子ども相手に交渉をするのは大変だ……結局、レジの復旧にさほど時間はかからず(三十分は冷静な数字ではなかったようだ)、少ししてから無事にドーナツを購入することができ、その息子らもその場でミスドにありつくことができたのでよかったと思う、わたしは待たされた分を取り返すようにフレンチクルーラーとダブルチョコレートとシュガーレイズド(三つも!)を注文した。(1315字)

 

もともと、第三章のこの課題では「一文で語ること」という縛りがあったので、そのリズムによって冗長な語りになっている。他の回答でやったほうがよかったかも。

 

とりあえず、最後まで漕ぎ着けた。(第四章の二問目だけ未回答)

なんかバッジとか欲しいすね。

 

ずっと積んでいたので達成できてよかったです。個人的には、視点(POV)の第七章が一番参考になりました。