コインランドリーで失踪

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文体の舵をとれ第九章

アーシュラ・K・ル=グウィン『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』の第九章を読んだ。語りにおける情報の示し方。会話文のなかでさりげなく情報が提示されたり、情景描写で人となりが説明されたりする。また、これから起こる出来事について語りによってほのめかすこともできる。

正直今回は、少し自己満足になってしまった感が否めない。ガス欠してる感じも。

 

練習問題⑨方向性や癖をつけて語る
問一:A&B
 この課題の目的は、物語を綴りながらふたりの登場人物を会話文だけで提示することだ。
 一~二ページ、会話文だけで執筆すること(会話文は行の途中で改行することが多いので、文字数で示すと誤解のおそれがあるから用いない)。
 脚本のように執筆し、登場人物名としてAとBを用いること。ト書きは不要。登場人物を描写する地の文も要らない。AとBの発言以外は何もなし。その人物たちの素性や人となり、居場所、起きている出来事について読者のわかることは、その発言から得られるものだけだ。
 テーマ案が入り用なら、ふたりの人物をある種の危機的状況に置くといい。たった今ガソリン切れになった車、衝突寸前の宇宙船、心臓発作で治療が必要な老人が実の父だとたった今気づいた医者などなど……

 

A:あ、
B:ん、
A:その、先日はどうも。
B:あ、はい。
A:あれから大丈夫でした?
B:別に、あなたが心配することじゃないでしょ。
A:そうですよね……。
B:……。……はーっ、いや今のはあたしが悪かった。ご心配どうも。
A:すみません。
B:なんで謝るかな……。あんたも道こっちなの?
A:まあ、大学行くところだったんで。あなたもそうでしょう。
B:次から家出るタイミング被すのやめてくださいね。
A:無茶を言う。
B:そういえば何学部だっけ。
A:法。
B:あー。ぽいすね。
A:えっと、あなたは?
B:重野でいいよ。文学部。もしかして講義被ってる?
A:どうでしょうね、一年の必修は取り切ってるし。般教なら一年と二年で被るものもあるかもしれないですけど。
B:ふーん。優秀なんだ。東洋芸術史は?
A:西洋なら。
B:チッ、被ってたら楽だったのに。
A:代返させようとしてます?
B:いいええ。そんなことしたらこの身体に申し訳ないし。生前の梓未は仏像好きの寺社仏閣オタクだったから。授業は真面目に受けてやらないと。
A:……へえ。
B:梓未はまだここにいますからね。誰かさんのお節介のおかげで。
A:その節はまあ、すみませんでした。
B:いいんですよ、托卵は失敗することの方が多いし。そのまま共倒れなんてこともよくあるから。こうして元人格を残したまま孵化できただけでも万々歳だ。
A:生まれるのは嬉しいですか。
B:変な質問。……由比って言ったっけ。人間も鳥も、そのあとのことからしか考えられないものでしょう。
A:それはまあ、そうかもしれませんね。
A:……重野さん。
B:何?
A:お昼空いてます?
B:奢ってくれるなら。
A:一応先輩ですし。
B:持つべきものは奢ってくれる隣人ってね。それじゃあたしこっちなんで。講義終わったら連絡して。

 

自己満足であると言った所以はこの課題で、もともと書きたいなと思っている長編の登場人物たちに会話をさせた。
A:大学二年生法学部の男性、誰に対しても敬語を使う。名字は由比。
B:大学一年生文学部の女性、Aに対してはタメ口で話す。重野梓未という名前。特殊な事情があり、本物のBはほとんど死んだ状態になっている。現在のBは、Bの肉体を持つ別の存在。そうなったきっかけである事件にAは関わっている。
AとBは同じアパートの隣人同士で、この会話はAとBが同時に家を出た瞬間から始まる。
……といった状況なのだが、こんな複雑なのを課題でやる必要は本来ない。ただ、この登場人物たちに話をさせてみたかったので、課題を利用した形。二人が大学生であること、歳上が敬語で、年下がタメで話していることが伝わればそれだけでいいなと思う。


問二:赤の他人になりきる
 四○○~一二○○文字の語りで、少なくとも二名の人物と何かしらの活動や出来事が関わってくるシーンをひとつ執筆すること。
 視点人物はひとり、出来事の関係者となる人物で、使うのは一人称・三人称限定視点のどちらでも可。登場人物の思考と感覚をその人物自身の言葉で読者に伝えること。
 視点人物は(実在・架空問わず)、自分の好みでない人物、意見の異なる人物、嫌悪する人物、自分とまったく異なる感覚の人物のいずれかであること。
 状況は、隣人同士の口論、親戚の訪問、セルフレジで挙動不審な人物など――視点人物がその人らしい行動やその人らしい考えをしているのがわかるものであれば、何でもいい。

 

 家にはまだまだたくさんあったが、全ては運べないので美樹が好きそうなものだけ二、三持ってきた。それと、美樹の好きなブドウ。巨峰の皮を剥きながら両手をべたべたにして食べていた幼い美樹。あの可愛さは忘れられない。もちろん今でも可愛らしい孫であることに変わりはないが、幼い孫の可愛さときたら格別だった。インターホンを押した。
「美樹ちゃん」
 美樹が玄関から顔を出す。「おばあちゃん、早かったなあ」
 続いて娘の早希が奥から覗いた。めざとくブドウを見つけ「あーもうお母さんそんなんええのに」と言いながらパタパタとお茶の用意に引っ込んだ。
「美樹ちゃんこれ」と、花柄のワンピースを籠から取り出す。
 娘の早希が若いころ着ていたワンピースだ。裾の直しくらいであれば私にもできる。着てみてもらって、寸法を測り直そう。美樹の表情が一瞬こわばった気がしたが、しばしばとまばたきをすると目の前には孫の笑顔があった。
「わーおばあちゃんありがとう、えらい可愛らしい柄やんなあ」
「せやろせやろ、お母さんが若い頃えらい気に入っとってなあ、おしいれの整理してたら出てきたさかい、美樹ちゃんにも似合うやろ思てなあ」
 美樹は笑顔を浮かべたまま、うーんとうなっている。
「せや、ブドウありがとうなあ、早速いただこかな」
 私をテーブルに通して、美樹はキッチンに消えた。早希の手伝いに行ったのだろう。よく気が利く。きっと良いお嫁さんになるだろう。私ももう歳だが、せめて美樹の結婚式までは見届けたい。やはり、神前式が良い。神様の前で、愛を誓う美樹が見たい。

 


問三:ほのめかし
 この問題のどちらも、描写文が四○○~一二○○文字が必要である。双方とも、声は潜入型作者か遠隔型作者のいずれかを用いること。視点人物はなし。
①直接触れずに人物描写――ある人物の描写を、その人物が住んだりよく訪れたりしている場所の描写を用いて行うこと。部屋、家、庭や畑、職場、アトリエ、ベッド、何でもいい。(その登場人物はそのとき不在であること)
②語らずに出来事描写――何かの出来事・行為の雰囲気と性質のほのめかしを、それが起こった(またはこれから起こる)場所の描写を用いて行うこと。部屋、屋上、道ばた、公園、風景、何でもいい。(その出来事・行為は作品内では起こらないこと)

①人物
 壁際にうずたかく積み上げられた竹製の鳥かごが西日に照らされる。鳥かごは全て開け放たれ、鳥たちが自在に出入りできるようになっている。電灯には和紙の笠が被せられ、暗い橙の豆電球だけが夜を忘れた木星のように灯っている。天井まで伸びたコードにメジロシジュウカラなど小型の鳥たちが並んで留まり、こちらの様子を伺っていた。鳥たちは、こちらの様子は気にとめつつも、互いの毛繕いに忙しい。部屋の隅には穀物の詰まった袋が乱雑に置かれ、零れた飼料をニワトリたちが啄んでいた。いつもであれば黒い羽織が干してある衣桁は、今は所在なさげにひっそりと部屋の東側に立ち、その柱に色とりどりの南国の鳥たちが羽を休めている。襖を開けると畳の上に敷かれた万年床が顔を覗かせるが、やはりこの部屋にもアヒルや鴨などがペタペタと歩き回っている。だが、決して不衛生というわけではない。鳥はその身体の構造上、任意のタイミングでの排泄が難しいはずだが、部屋に糞などが散乱している様子はなかった。振り返ってダイニングの方を見やると、ちょうど四方から「井」の形に柱が渡されており、その上にフクロウや鷹がじっと佇んでこちらを見つめている。冷蔵庫を開けると冷凍されたねずみの肉やミルワーム。ポタポタ……とシンクの蛇口から水が滴り落ち、その水を求めて雀が小さな舌を伸ばしている。家中からナッツのような香ばしい匂いが漂っているが、これこそがこの部屋にひしめきあう鳥たちの芳香であった。一方で、人間の物は極端に少ない。万年床の隣に数冊積まれた文庫本や、使い古された湯飲みがちゃぶ台にひっそりと置かれているばかりである。鳥のために作られ、鳥に支配された部屋。一通り歩き回ってみての印象である。

 

②出来事
 夕暮れといえど、俄に分厚い雲が空を覆ってしまったので陽は差さない。灰色の雲は、互いが互いをおびき寄せるかのごとく増殖してゆき、その重みに空が音を上げるまでにはあと少しの猶予もないように思えた。日光がなくなった分だけ体感温度が下がったようで、薄手の長袖シャツだけでは少し肌寒い。公園まで差し掛かったが、重力に逆らって噴き上げられた噴水ですら空の重さに耐えかね、いつもより勢いがない。この辺りに住み着いている野良猫が前を横切った。がさがさと揺れる植え込みに目が行き、やがて冷たいものが頭を叩いた。みるみるうちに砂の色が濃く塗り変わっていき、手元の折りたたみ傘では心許ない雨脚の強さ。今が一番酷いときであるとみて木陰でしばらく様子を見るか、強行突破を試みるかとしばし逡巡したのち、公園の一番背の高い木の中に、折りたたみ傘を差して収まった。次の瞬間雷鳴。ほんの短い間だけこの世の色彩を反転させたかのようで、その一瞬の隙を縫って気つけのようにゴロゴロと轟音がやってくる。何度かそれを見届けたのち、灰色の海に沈んだ滑り台の陰に、何か黒いものが蠢いたように見えた。よく見るとそれは人で、黒い羽織はすっかり烏の濡れた羽のようになって、髪からは雫が線になって滴り落ち、それ以上酷くなりようもなかろうに、なんとか天の猛攻を避けようと遊具を傘にしてこの豪雨をやりすごそうとしている。

 

 

これも、情景描写に終始してしまった感じがある。①はある人物(鳥と暮らしている)の部屋、②は雨の中の邂逅(が始まる一歩手前)。疲れとる。読んだとてどんな人物が暮らしているか分かりづらいし。まあ一旦これで。