コインランドリーで失踪

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はるさめ

 ケイちゃんが引き戸をガラガラと開けたら同時にざーざー降りになって、黄色いつるんとした長靴についた水滴とか真っ黒な土とか見ながら、さと子さんは「ようきたね、ひどい雨。寒くない?」と声を掛けて、ケイちゃんの背負ってた真っ黒なランドセルをタオルで優しく拭いてくれた。もう何人かやってきてて、アオちゃん、レンくん、カスミさんなんかのいつものメンツが机を向かい合わせにして宿題やってる。コロナだからあんまり密になってたらさと子さんが「おら〜散らばれ〜〜!」と言いながら机を一人ずつズズーと離してくんやけど、それが面白くてわざと近づいたりしちゃうことある。ケイちゃんは洗面所に向かった。手洗いうがいの習慣がついたのはここ一年くらいで、うっかり忘れてそのままうまい棒食べちゃうこともなくなった。洗面所の窓に雨があたる音がしててうるさかった。リビングに行ったらレンくんは居眠りしてて、アオちゃんはねりけしを大きくする作業に夢中だった。カスミさんは分数をやってて、ケイちゃんがそれを覗き込んだら「ケイもあと三年したらこれできなきゃいけなくなるよ」と言って笑う。そのときはカスミさんに教えてもらうのにと思ってるけど、ケイちゃんそれを伝えたらカスミさんにこっとしたあと黙っちゃった。
 ケイちゃんのママはいまケイちゃんのために頑張ってて、だから放課後になったらきほん家でひとりでユーチューブみるかゲームしてたけどある日ママがケイちゃんのことをここに連れてきて「夜はみんなでここで食べなよ」って言うからそういうことになった。ママは一緒に食べんの?って聞こうかと思ったけどやめた。毎日じゃないよ、火曜と木曜ね。でも、そうじゃない日も遊びにいっていいっぽくて、正直ユーチューブのほうが面白いだろとかおもってるけど、さと子さんやさしいしカスミさんにケイちゃんはなついてたからよく会いに来てる。
 こども食堂本日のメニューはごはんと豆腐ハンバーグとかきたまスープとなんか茹でた野菜に味つけたので、デザートでちっちゃい団子とかもあった。みんな「肉は〜?」って言ってたけど、それはほんとに肉が食べたいとかじゃないから。さと子さんは「えー」って言いながら「めっちゃ頑張って作ったんやもん、残したらデコピンな」って言ってた。長島のおいちゃんもキッチンから出てきて黙ってうなずいてた。長島のおいちゃんは全然喋らんしずっと奥に引っ込んどるけど料理がうまい。豆腐ハンバーグおいしい。なんかオレンジのつぶつぶが見えて、みんなの苦手な野菜めっちゃきざんで入れたんかなと思ったけど、変な味せんかったから気にせずに食べた。ごはん食べ終わって宿題あんまりやる気になれなかったからぷらぷらしてたらさと子さんが話しかけてきた。
「ケイちゃんもうすぐ誕生日やないん」
「あと一週間!」
 両手をバッと広げた。梅雨の季節そんなに好きじゃないだけど、ケイちゃんの誕生日でもあるからあんまり嫌いになれない。あと、教室の窓から空を見たときにお昼なのに真っ暗だったらわくわくするから。こども食堂の窓にも水が滝みたいに流れてる。
「もう何がほしいとか決まってるん」
 さと子さんが腰かがめてケイちゃんのほうじっと見てくる。なんか恥ずかしくなって顔そらしたけど、ほしいものとか考えてなかった。
「あるけどー、あるけどない」
 さと子さんがちょっと黙って「ん」と言って笑った。さと子さんの肩の向こうに窓があってそこから雨がだらだら流れるのが見えて、プレゼントのこと考えながらケイちゃんはるさめのこと考えてた。
「はるさめ」
「え?」
 はるさめが欲しいん?ってさと子さんケラケラ笑ってたけど、はるさめってなんでまたって言われたからケイちゃんちょっと考えて、考えて思い出したことがあった。
「ようちえんのころなー、好きな本があってな、おばけが葉っぱの上に雨をのせたらそれがはるさめサラダになるやつー。ママがよみきかせしてくれたやつ、なんかそれ思い出した」
 さと子さんがちょっときょとんとして面白かった。
「あー、なんやろ。なんか私もそれ読んだことあるかもしれん。トトロの葉っぱみたいなので雨宿りするんやっけ」
「うん、なんかあんまり欲しいもんとかプレゼントとか思いつかんし、ほんとはスイッチとかほしいけどあれなんかダメってママに言われたし、はるさめほしいわけじゃないけどわからんわ」
 雨はちょっと弱くなってたけど、明日もあさっても天気予報は雨で、またママが「洗濯物干せんやん!」って空に怒る季節やなーと思った。その日は八時くらいにママがむかえにきた。
「さと子さんと話すからしばらくあっちおって!」
って言われてアオちゃんのねりけしもらったりした。
 遠くから見てたらママとさと子さんがこそこそ話してて、なに話してんのか聞こえないんだけどなんか笑ったり不思議な顔したりしてて大変だった。ママに呼ばれたから帰った。
 ケイちゃんの誕生日の日はやっぱり雨やって、うわーと思ったけどそんなひどい雨じゃなかった。なんか霧みたいな。空気すったらさむくてママが長そで用意してくれたのちょうどよかった。こども食堂行ったらまださと子さんしかいなくて、
「あ、いらっしゃーい。ケイちゃん誕生日おめでとー!」
って言われた。うれしい。なんか黒いのを削ったら虹色で絵が出てくるやつもらった。なにかいてるんって言われたけど、あじさいって答えるのなんか恥ずかしかった。
 今日はあんま食べすぎちゃダメやからってケイちゃんだけごはんすくなめにつがれてマジ意味わからんかったけどちょっと苦手な酢豚やったからゆるした。食べたらすぐママきて、え、はやくない?ってなった。まだ七時やもん。ママ、
「先週はどうもありがとうございました」
ってめっちゃ深いお辞儀してて、マジ意味わからん二度目やんって思った。さと子さんもなんかすごいにこにこしてて、
「ケイちゃん本当にお誕生日おめでとうね」
って。
「じゃ行こうか」
ってママが家と反対のほうに歩きだしてマジ意味わからん三度目やったんやけど、手つないでたからだまってついてった。
「これはね、フキっていいます」
 ママがそのへんの草むらにしゃがんで言ってて、ケイちゃんもしゃがんだらトトロの葉っぱやった。この小ささじゃ雨宿りできんなって思ったけど、ママがそのなかで大きいやつをハサミでちょきんと切ったからケイちゃんも切った。それで一緒に家帰った。あるきながらママが「ケイありがとう」って言ってて、なんでありがとうなんかマジ意味わからんかった。
 家帰ったらフキを水で洗って、ママがビニール袋からガサゴソってそうざい取り出した。ママの働いてるスーパーのやつやって、
「これママが作ったんやけどもらってきたんよね」
って言いながらフキの上にはるさめサラダ盛りつけてた。
「ほんとはNintendo Switchほしいやろ、もうちょい待ってな。予約取れん。高いし。あと、ケイやりすぎてバカになりそうやからまだダメやわ」
 ママは慣れた感じでスポンジケーキ出してきて、ケイちゃんにホイップクリーム塗らせた。いちご乗せて完成。雨からできたはるさめサラダとお誕生日ケーキがテーブルに並んでて変なメニューやった。
 梅雨やっぱあんま悪くないなって思った。

 

 

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こちらは「こども食堂・梅雨・誕生日」という単語を3つお題としていただき、執筆したものになります。