コインランドリーで失踪

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『Rikka ZINE』感想(※ネタバレあり)

日英2言語の世界SFのZINE『Rikka Zine』の日本語版の感想です。

Rikka Zineについては下記リンクから。

twitter.com

rikka-zine.com

下記ネタバレあります。

第1章 Delivery

千葉集『とりのこされて』

・取り残されて、と鳥のこされての多重ミーニングがかっこいい。飛べないはずの飛脚が飛翔し、崖に取り残されたあの日の兄弟と、日本に取り残されている飛脚たちと。

・何が起こったのかは語られない、何も起こらなかったからこうなったのかもしれない。今より大幅に人口が減っていそうな地球に取り残された人類たち。父から取り残されたように感じていたであろう兄。取り残された地方。

・先生が魅力的。同僚の息子たちを見守る保護者。兄が飛脚の嫌いな点を列挙するところがとても良い。途中から自分の嫌いなところを言い始めてそうなところとか。先生の「君は飛脚のこと大好きですよ」に兄への愛が溢れている。本当に良いシーン。「君たちのことが好きだからじゃないですか」

・日本のまともな地域として、東京、大阪、松本、福岡が挙げられている点が細かいけど好き。松本、なのはやはりライチョウつながりで、そこを拠点に飛脚が発達していったという歴史があるからなのかもしれない。

・「ちかごろの兄は、あのころの話ばかりせがむ。」ここでも、どういった経緯でニューカレドニアに移住することになったのか、兄は重い病気に罹っているのだろうか、など断片的な描写だけで詳細に何があったのか描かれるわけではない。その空白が心地いい。あのころ飛脚に取り残された子ども時代の兄たちを記憶の中で迎えに行く作業。

・「一度は日本の後進性の象徴として明治政府から切り捨てられたはずなのに、意地汚く位置を占めつづけ、文化遺産みたいな面をしているのが嫌い」→この世界での、鵜飼いのような歴史をたどったのかもしれないなと思いをはせていた。

レナン・ベルナルド『時間旅行者の宅配便』橋本輝幸訳

・こんなに短い作品でこんなに自然に情報をつめこめるのかと驚愕した。未来でも労働環境の問題は現代と同じような感じで~という発想の作品は他にもあるかもしれないが、その中心にチップが持ってこられているところ、チップで買うものがペパーミント味のタブレットなところがとてもちょうどいいというか。Uver Eats×時間旅行という時点で完全に正解だし、時またぎ配達員のディテールが本当によく出来ている。

・「気前よくチップを弾んでもらえるのは、まちがったワームホールに身を投じてしまうことよりはるかにまれだ。」←そんな…と思うがありそうな未来だ

・跳ぶことを許されている年が配達員ごとに定められているということ、タイムコインという単位などから、「どのくらいのレンジで過去や未来を知ることができるか」という新しい格差が誕生しているであろうことが短いテキストの中からでもうかがい知れて、今よりは良くなっているかもしれないけど大して今と変わらないとも言える世界の感触がちょうど良い。なんか全部のエピソードやディテールがセンス良い。すごい。

ボストン・ダイナミクス社がまだ存在してるの笑ってしまう。

木海『保護区』橋本輝幸訳

・『時間旅行者の宅配便』が時間の格差なのに対して、『保護区』で描かれる格差は演算能力。格差の拡大は想像しやすくとも、格差の縮小はちょっと想像しがたい。「もちろん下位階層のすべての仕事も同様にアルゴリズム任せに出来るが、演算能力を節約するため、より安価な人間の労働力が採用されがちだった。」
AIの話題の関心度の高さ。やはり全世界的に格差の拡大と、機械と人間の労働の問題はトレンドなんだなと感じる。

・ハヤカワから出ている『いつも「時間がない」あなたに』は、貧すれば鈍ずを証明しようとする本なのだが、実際これを加速させていくとこの世界になるよなと感じた。この格差の話は当然この世界の話でもある。

・「本来、傲慢な彭箬馨がわざわざ彼の名前を覚えているわけがない」←この一文は気になった。あんまり日本語の作家からは出てこない表現だと思う。海外作品だな感じた。何をもってそう感じたのかとつきつめるとよくわからなくなってくるが…。

・「論理的な判断、重要な選択、温故知新といった往々にして軽視されがちな基本能力も鈍くなり、底をつこうとしている。」←この一文も同様に。「温故知新」が軽視されがちな基本能力の一例として挙げられるの、日本ではあんまりないかもなと思い、そうした差異を見ていくのも楽しい。

・演算能力のリソースが有限であればどうなる→一人の人間が異常に演算能力を駆使した結果、周囲のリソースを食ってフリーズやキャッシュの削除、ロールバックを引き起こす、という発想がとても面白い。そしてその演算能力の使い道も人間らしい。

・突然、クソデカ感情BLが始まってびっくりしたのは私だけではないはず。

府屋綾『依然貨物』

・Unexpected Crab~~~~良すぎる。こういう言葉遊び大好き。

・《カニ》処理業者、こういう架空の専門家が出てくるとわくわくする。

・大学生のくだり最高~!いつの時代も大学生はこうであってほしいという願望がある。今まで鈍い色彩で物語が進んでいたところに突然大輪の花がボンと開いた感じで華やかなシーン。バスキ氏の暗黙の許可の出し方も最高。殺伐としたバトルもので主人公たちがつかの間の休暇を味わってわちゃわちゃしているシーンが好きなタイプなので、そういう読み方をしてしまう。アツい。

・最後のタイトルの回収の仕方も綺麗でほれぼれする。

カニ、私のイメージの中ではデカいコンテナがついた8本脚のアルファ・ドッグ。

・脳内でイメージが再生されながら読むタイプだが、この作品はかなり色が鮮やかで見ていて心地よかった。こういうショートムービー観てみたいし、サムネイルはジョーズみたいな感じでカニを吊り下げてるところにみんなでピースしていてほしい。

伊東黒雲『(折々の記・最終回)また会うための方法』

・終了という言葉が本来の意味とは異なる形でずらして使用されており、かなり深刻な事態が起こっているのにどことなくシュールなのが良い。

・折々、違法外殻つくれるのしれっと書かれているけど何者という感じだ。

・妙に実践的な祭りには惹かれるものがある。「先祖たちの情報体が入っていると信じられた二一世紀製のHDDを人の輪の中心に据え置き、そこへ若人たちが自転車を漕いで電気を供給するというのだ。」←ない光景なのにありありと想像できる。

葉ね文庫かと思った

・外殻化によって、死の概念や時間の概念がごっそり変化しているの面白い。それでも変化しないもの、誰かに情報を伝えること、記すという行為について。「今回は会えなかったというだけで、私はまた別のことをやりながら待ち続ければいい。今日会えなければ死ぬということもない。」バイオハザードなんかでは、生存者が別の生存者を見つけるためにひたすら無線ラジオで誰かと交信を試みるみたいな描写がよくあるし、遺跡でくたばる骸骨の前に手記がありどのように死亡していったのかがうかがい知れるという描写もお決まりだが、人間が今はこない誰かを待ち続け、その細い希望を信じて何かを残す姿を見るのってすごく勇気づけられるなと思う。今回は会えなかったというだけで、いつかまた会えるんだよな、そうだよな、と思う。

・オチが愉快。

第2章 Weird

鞍馬アリス『クリムゾン・フラワー』

・「肝心の痛覚を残した子どもが、自分の子どもには痛覚除去の手術を受けさせるなんて事例もあって」絶対あるだろうな。こういうリアリティ好きです。

・最後までクリムゾン・フラワーの正確な姿が一切想像できないの面白い。そういえば切れ痔ってどんな形をしているのかわからない。

・通貨の単位がペインなのは、せめてかつて痛みというものが存在したことを忘れないためなのだろうか。

・痛覚から解放されるくらい進んだ未来なのにどことなく描写が中世ヨーロッパチックなところもギャップがあって面白かった。神父が儲けていたり、宿場で門前払いを食らい続けたり、行商人が馬型アンドロイドで移動していたり。ケガレの概念も自ずと思い起こされる。

・「身体の痛みはなくなったのに、心の痛みは健在だという事実が、いつも皮肉に感じられる。」そうだよなぁとハッとさせられると同時に「でも切れ痔の話なんよなぁ」がやってくるのめちゃくちゃ面白い読書体験だった。

稲田一声『きずひとつないせみのぬけがら』

・上位存在最高!!!!

・すべてが完璧すぎて感想を言うのが難しい。洗練された短編ってこんなに美しいのか、と思った。

・自分が使っている一人称が「私」なので、はじめ地の文に仕組まれた仕掛けに気づかなかった。あまりにも自然だったから。語り手である主人公と早々に同化してしまったんだと思う。だから「急に目の奥が震えたような気がした」からの展開により一層揺さぶられた。

「僕、みんなに余計なことしてたかな」「あー、割とそうかも」「うううう」←かわいいね…

・ゲンロンSF創作講座で提出された梗概を読んだが、今作がさらにパワーアップしていてすごかった。改稿ってこうやるのか…。

阪井マチ『終点の港』

・不思議な読み味。沈んだ島が結局なんだったのか分からないままだからこそ、書き付けの描写が妙に生き生きとしていて映える。

・肛門一派すき

・「わたしたちの生きた記録を誰も知らないのか。」ここにも、人間の「伝える」という願いが出てくる。この書き付けを書いた人物の意図した通りに伝わったかは疑わしいけれど、往々にしてそういうもので、メディアに取り上げられたあとの話題の移り変わりもリアルだった。

・光の正体がアルコールランプだったのも、全然関係ないところで書き付けの真贋への評価が勝手に下げられたような形になって寓話チックで好き。

根谷はやね『悪霊は何キログラムか?』

・ちょうど特殊捜査官の女性バディものが足りていなかったんですよ!ありがとうございます、という気持ちに…

・綺麗に謎が解決されてスッキリするのに、しこりのように大きな謎が残される感じがとても好み。

アメリカのやたらシーズンが続いているドラマでやってほしいやつ。二人で笑い合っている中で不穏なラジオニュースが響き続ける、外は雨、というシチュエーションが完璧な終わり方すぎる。

・喫水線、バラスト水などの謎解きに必要な前提情報がスムーズに展開されていて綺麗だと思った。

第3章 Chosen Family

扉にはハサミの挿絵、Chosen と Familyの間に刃が差し込まれている。編集後記の「クィアがハッピーエンディングを迎える話があまり収録できなかった」という言葉が思い起こされる。

ソハム・グハ『波の上の人生』暴力と破滅の運び手&橋本輝幸共訳

・一番読んでいて辛かった。

・「つまり二人はあえて相手の宗教の概念を交換している。」←アーッ!?

・モーララ、ジョルなどの注釈が非常にありがたかった。これがあるのとないのとでは全然違う。

・インドの身分違いの男性二人の関係、『波の上の人生』と『RRR』で致死量摂取してしまった感じがある。

・書き出しから、ベヒモス、タイタン、ヒュドラ、クールマと立て続けに気持ちの良い比喩を大量に浴びることができて嬉しい。書き出し本当に綺麗だと思う。「まるでベーグムが持っていた、無数の宝石が縫いつけられた豪奢な黒いヴェールみたいです」も大好き。

・婚約指輪よりも素晴らしい贈り物のあとにこんな仕打ちってないよ…。第3章に付けられたchosen familyというタイトルの重みがずしんとくる。

灰都とおり『エリュシオン帰郷譚』

・とても好きだった。ハッピーエンドと躊躇なく言うことは難しいけど、二人が帰れて良かったと素直に思う。

・過去と現在の話が折り重なって綴られていくのが好き。「けれどどれほど多くの世があろうと、そこに住まう「私」が常に同じ「私」なら、なんと恐ろしいことでしょう。」という文章凄すぎる。

・複数の共通項からどうしても『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』を思い浮かべる。どちらの展開も好き。

・最後、真那海が光の路で先導してくれるところで、ここでもわたしを連れ出してくれるのは真那海なんだなとしみじみした。(正確には皇女さまですね)

ヴィトーリア・ヴォズニアク『残された者のために』橋本輝幸訳

・読み返したときに泣いてしまった。

・冒頭の温室から花を選ぶシーン、そこからシームレスにバイクに乗った景色に変わり、夜に沈んだバーへ、という光景がとにかく美しい。

モクレンを選んで、抱き締めたりガラスを傾けたりするところ好き。帰るときは、モクレンは重くて帰り道が長く感じることとか。9年経ってまだ鉢が生きていて、窓の重しになっているところとか。

・狙ったみたいに最後の一文だけ改ページされていてすごい。

・ここでも身分違いの恋が出てくる。大いなる旅に徴収されるほどのアマンダと、工場で金属板を生産し続けているルアナ。ドリンク代が払えなくなってバーを退店するところとか、rikka zineに集まった作品に共通して感じる格差の話。

・こんなに会いたいのに!二人が支払わされている代償について思いを馳せてしまう。

笹帽子『幸福は三夜おくれて』

・章の最後にこの作品があって本当に良かった。

・「石を運んでいい距離が五日と定められている理由は、彼らの家族観のおおらかさからすれば、それくらいの距離なら家族でいられるから、ということなのだろう。」

・『残された者たちのために』の再読で涙腺が脆くなっていたからかやっぱりこの作品でも泣いてしまった。

・ピピの「なんでも大丈夫にしてしまう」ところを語り手の視点から描写されたとき、こんなに愛おしい表現になるのか、と心が温かくなる。語り手の窓をばんばん叩く癖もなんか良いですね…。

・いつか5日で移動できる距離がさらに増えたら、コンバスの理論を採用するとどこでも家族でいられる、ピピの理論を採用するともうどこにいたって家族。どちらにしたって、二人は大丈夫なんだなあとなり感涙。

論考

日本橋和徳『天翔ける超巨大宇宙貨物船 アレステア・レナルズ論』

アレステア・レナルズを一作も読んだことがないところにこの論考を読んで、非常に興味をそそられた。

・SFを取り巻くムーブメントについても詳しくなかったので、なるほどそういう流れがあるのかと勉強になった。〈ニュー・スペースオペラ〉もだが、軽く言及されていた〈ニュー・ウィアード〉が個人的に気になった。

・「レナルズの宇宙船は身体の延長線上にある」←面白そ〜!

・"Ascension Day"というタイトルにまず惹かれるのでなんとか訳されてはくれないだろうか(原著を読め!と言われたらそうですね…としか返せないが……)

第4章 Immigration to New Worlds

ロドリーゴ・オルティズ・ヴィニョロ『宛先不明の人々』白川眞訳

・そんなバグ技みたいな…と思ったが全然あり得る話のように思わされたし、協定で「敗戦した惑星の名前を言ってはいけない」とされているところとか、徹底して故郷が破壊される感じが辛かった。現在の世界の状況を鑑みると「面白い話だった!」という一言では済ませられない。

・「ことが終わってようやく仕事から解放されたとき、私は法務局から賞状を受け取った。」←この文から始まる段落が皮肉効いててめちゃくちゃ好きだけど、同じくらいめちゃくちゃ暗い気持ちになる。

・「種族色が強すぎる」←本当に酷い言い草だが、現実世界でも全然あり得るのが…

・語り手が、宛先不明の人々のために尽力したからこそ、期待がかかりそれがやがて失望に変わり、彼らから特段憎まれるの、見たことあるやつだ!とウワーってなった。辛い。

ファン・モガ『スウィート・ソルティ』廣岡孝弥訳

・「つまり私の名前は、生まれてすぐに三つの故郷をそっくりそのまま持つことになったのだ。」

・横浜以外実在する地名が出てこないが、実在しそうな国家だし実際どこかに実在すると思う。

・「この町では次々と懐かしい物がみつかった。」この一文から続く一連の描写が非常にぐっとくる。横浜という土地だからこそのこの味だと思う。

・サラマンダが元気で嬉しい。

・最後の展開がかなり意外。超越的な存在に導かれたものと思っていたが、未来の人類から差し伸べられた手だった。そしてそれを思い返しながらやってきた船を迎える年老いた語り手、という構図めっちゃ綺麗。

・人類は新しい場所でも、懐かしい物を次々と見つけられる強さを持っているだろう、と信じる力をくれるような、優しい終わり方だったと思う。

ジウ・ユカリ・ムラカミ『海が私に手放させたもの』橋本輝幸訳

・リアリティのある描写と、幻想的な風景が奇妙なバランスで混在する作品。

・ここでも横浜港。奇しくも。

・よくやっていた遊びや歌をしるべにして帰る感じがとても良い。「予感がしてシャツを探ると、片方のポケットに明子の札が入っているのがわかった。幸太郎!」この箇所の感嘆符がとても好き。夢かと思っていたものが、もしかすると夢ではないかもしれないと信じられるような証が出てくるシーンが大好物。

・タイトルの『海が私に手放させたもの』、幸太郎の遺体は海に流さなければならなかったし、明子の札も同様に。だが最後には返ってくる。犠牲や代償があまりにも大きいが、その中にあってなお戻ってきたものが家族の札だったという点にしみじみ。

さんかく『新しい星の新しい人々の』

・夜明け前の一番静かな時間のような作品でとても好み。

・「それらは記録に過ぎず、二度と戻ってこない。これから人類が向かう先でも、きっと何の役にも立たない。だが、それらが失われたとわかるのは、記録が残っているからなのだ。誰にも知られなかったなら、失われたことさえ分からないのだ。」

・ネタバレすると言いつつこの話は極力ネタバレしたくないのでうまく書けなくてもどかしいのだが、差し出された手を取るシーンが本当に美しくて好き。

・しかし記録は残り、新しい星の新しい人々もいつかは何かとても大きなものが喪失されたことに気がつくときが来るのかもしれない。「わたしにはわからない。それは彼らが決めることだ。」とある通り、それが良いことなのか悪いことなのかは分からない。

もといもと『胡瓜より速く、茄子よりやおらに』

・地の文で「さん」付けされているの好き。

・会話のテンポが良い。日常的にありそうな喋りだけど、物語のセリフでもあり、そのバランスがちょうどよくて心地良い。

・「首筋にヒヤリときたものが、風に揺れる会話の切れ端ではないと確認した人はいない。」この一文かっこよすぎる。

・ユーモラスで、短い中にSF要素がきっちり詰め込まれていて、軽快で、読後感が爽やか。トリにふさわしい作品だと思う。

 

shippingというテーマでこれだけ多彩に見せられるのかと驚きがあった。shippingという言葉自体に広がりがあるからこそではあるけど、配置が絶妙でその威力が何倍にも増幅された感じ。物語同士が連関しあって別の何かが立ち現れることがあって、アンソロジーおもしれー!と思った。